東京高等裁判所 昭和52年(ネ)404号 判決 1978年3月30日
控訴人
静岡県信用保証協会
右代表者
仲野善二
右訴訟代理人
山本雅彦
被控訴人
有賀芳信
右訴訟代理人
長橋勝啓
主文
原判決を取り消す。
有限会社有賀商店と被控訴人との間で原判決添付目録記載の土地についてなされた昭和四九年一二月二日付譲渡担保契約を取り消す。
被控訴人は控訴人に対し、前項記載の土地につき静岡地方法務局富士宮出張所昭和四九年一二月二三日受付第二三七四号をもつて前項記載の譲渡担保契約を原因としてなされた所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。
訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。
事実《省略》
理由
一<証拠>によれば、控訴人が商店との間で控訴人主張のとおりの信用保証委託契約を締結したこと、商店が昭和四九年七月二日金庫から四〇〇万円と三〇〇万円の合計七〇〇万円を借り受けたこと、しかし、商店は前者については元金のうち一二五万四、二八〇円と利息を、後者については元金のうち九〇万円と利息をそれぞれ支払つたのみでその余の支払をしないため、控訴人が、右信用保証委託契約に基づき、昭和五〇年五月二八日金庫に対し前者の残元金二七四万五、七二〇円、後者の残元金二一〇万円以上合計四八四万五、七二〇円を代位弁済したことが認められ、右認定に反する証拠はない。
右事実によれば、控訴人は、代位弁済者として、商店に対する右四八四万五、七二〇円の求償権の範囲において、債権者たる金庫が債権の効力及び担保として商店に対して有していた一切の権利を行使することができるようになつたもので(民法五〇一条)、金庫について発生した詐害行為取消権もその例外ではないことが明らかである。いいかえれば、詐害行為取消権は、特定の債権者についてではなく特定の債権についてその対外的効力として認められるものであつて、たとえそれが代位弁済前に発生した場合であつても、代位弁済者は弁済の目的となつた債権の債権者が有していた権利の一つとしてこれを承継して行使しうることに疑問の余地はないのである。
二商店が、その代表者有賀和夫の叔父である被控訴人から二、八〇〇万円の借受債務を負担していたところ、金庫から前記七〇〇万円を借り受けた後である昭和四九年一二月二日、被控訴人に対し控訴人主張のとおり本件土地を含む物件を譲渡担保として譲渡する契約を締結したうえ、本件土地について被控訴人のために静岡地方法務局富士宮出張所昭和四九年一二月二三日受付第二三七四七号をもつて右契約を原因とする所有権移転登記を経由したことは当事者間に争いがない。そして、<証拠>によれば、商店は、製鋼関係の事業を営んでいたが、昭和四九年一〇月ころから経営の状態が悪化し、昭和五〇年はじめころには倒産状態となつたこと、倒産時における商店の負債総額は二億八、〇〇〇万円を越えていたこと、商店が被控訴人との間で譲渡担保契約を締結したのは商店の経営状態が悪化した後であつて、その対象たる財産には商店のほとんど全部の財産のほか代表者の個人財産も含まれていたこと、右譲渡担保契約の結果、商店は無資力となり他の債権者に対して債務の弁済をすることができなくなつたが、このことは、右契約当時、商店も被控訴人もともに認識していたこと、以上の事実が認められ、<る。>
右事実によれば、右譲渡担保契約は、それ自体が商店の債権者を害するもので、しかも商店も被控訴人もともに悪意であつたから、金庫に対する関係で詐害行為を構成することが明らかである。
三もつとも、<証拠>によれば、本件土地については、右譲渡担保契約の締結前である昭和四九年四月二五日付で株式会社清水銀行のために被担保債権の極度額一、六〇〇万円の根抵当権設定登記が経由されていることが認められるので、更に右譲渡担保契約の対象となつた財産の面から、詐害行為が成立するかどうか、又、成立するとして取り消しうる範囲及び回復の方法いかんを検討することが必要である。けだし、債務者所有の不動産について優先権ある担保権が設定されている場合には、不動産の価額が被担保債権額を超過する場合にのみ、しかも超過の限度で一般債権者の共同担保となるにすぎないのであるから、詐害行為が成立するかどうかは右超過部分を基準にして判定されるべきであり、又、それが成立するとした場合に取り消しうる範囲及び回復の方法も超過の程度や対象たる不動産が可分かどうかによつて異なりうるからである。
そこで、まず本件土地の価額についてみるに、<中略>本件土地は、譲渡担保契約の締結時たる昭和四九年一二月当時はもとより本件の口頭弁論終結時たる昭和五三年二月当時においても、ほぼ前記買受当時の価額に近い価額があり、控え目にみても総額で一、五〇〇万円を下回ることはないと認めるのが相当である。
次に、前記根抵当権の被担保債権額についてみるに、<証拠>によれば、昭和四九年一二月二三日当時の被担保債権額は一、三九〇万円であつたところ、<中略>本件の口頭弁論終結時における被担保債権の総額は一、一八七万二、三三六円となり、多目にみても一、二〇〇万円を超えることはないことが認められ、<る。>
右各事実によれば、前記根抵当権の被担保債権額は、譲渡担保契約の締結時たる昭和四九年一二月二日当時においてはもとより本件の口頭弁論終結時たる昭和五三年二月二三日当時においても、対象たる本件土地の価額を上回るものではなく、いずれの時点においても一般債権者の共同担保に供せられるべき超過部分があることになるから、本件土地については右超過部分の限度で詐害行為が成立するものというべきである。
このように、本件では対象たる本件土地の一部について詐害行為が成立するにすぎないが、このような場合、債権者としては右一部分についての譲渡担保契約を取り消しうるのみで、対象たる土地が不可分である以上は(本件土地は二筆からなるが、うち一筆は面積が5.04平方メートルしかなく独立して利用するには適しないこと、両者が合わせて前記根抵当権の対象となつているため被担保債権額の超過部分に相当する土地を特定したうえ分割することは困難であることを考えると、結局、本件土地は二筆合わせて不可分一体のものとして扱う以外にないと認められる。)、詐害の限度で右譲渡担保契約を取り消して土地自体の回復に代えて価額による賠償を求めるほかに方法がないと解すべきか、それとも、対象たる本件土地全部についての譲渡担保契約を取り消して右土地自体の回復を求めることが許されると解すべきかは、問題の存するところである。しかし、詐害行為取消権は、詐害行為により逸出した財産を取り戻し債務者の一般財産を原状に回復させようとする制度であるから、逸出した財産自体の回復が可能である場合にはできるだけこれを認めるべきであつて、善意の転得者が生じたような場合のほかは例外を広く認めるのは相当でないこと、とくに、本件では被控訴人が本件土地について優先権ある担保権を有していたわけではなく、本件土地全部についての譲渡担保契約が取り消されたとしても混同によつて一旦消滅した担保権の復活を認めなければならないというような複雑な事態は生じないこと、本件土地の価額のうち一般債権者の共同担保に供せられるべき部分が詐害行為取消権の基礎となる債権の額を上回つているという場合であれば、全部についての譲渡担保契約を取り消すことは、右超過部分について被控訴人が担保権者として取得した優先弁債の権利を全て奪い取る結果となり相当でないが、本件では、一般債権者の共同担保に供せられるべき部分が詐害行為取消権の基礎となつた債権の額を下回つていることは前述したところによつて明らかであるから、全部についての譲渡担保契約を取り消したからといつてとくに被控訴人に不利益を与えるおそれはないこと、被控訴人としては、土地自体の回復を命じられる場合には単に譲渡担保としての取得を否定されるという消極的な効果を受けるにすぎないのに反して、価額による賠償を命じられるとすれば、場合によつてはほかから金銭を工面しなければならないという事態が生じ、しかもその際つねに本件土地を担保として利用することが可能であるとも限らないため、必ずしも価額による賠償が被控訴人にとつて有利であるとはいえないことなどの事情に鑑みると、債権者としては、本件土地全部についての譲渡担保契約を取り消して右土地自体の回復を求めることができるものと解するのが相当である。
なお、抵当権が設定されている不動産を提供することによつてなされた代物弁済が詐害行為となる場合には、取り消しうる範囲は当該不動産の価額から抵当債権額を控除した残額の部分に限られ、しかも、目的不動産が不可分のものと認められる場合には、債権者は一部取消しの限度で価額による賠償を請求する以外にないと解した判例があるが(最高裁判所昭和三六年七月一九日判決、民集一五巻七号一八七五頁)、代物弁済が優先権を有する抵当権者自身に対してなされた事案に関するものであつて、もし代物弁済全部を取り消して目的不動産自体の回復を認めるとすれば、一旦混同によつて消滅した抵当権の復活を認めなければならず、事態を複雑にするおそれがある場合であるため、必ずしも本件とは同列に論じられないものがあり、更に本件ではほかにも前述したような目的不動産自体の回復を相当とする事情が認められるから、右判例のあることは、前記判断をするについての支障となるものではないというべきである。
四そうすると、金庫に対する代位弁済者たる地位に基づいて、本件土地についてなされた譲渡担保契約を詐害行為として取り消し、右譲渡担保契約を原因としてなされた所有権移転登記の抹消登記手続を求める控訴人の本訴請求は正当であつて、これを棄却した原判決は失当であるから、民訴法三八六条に従いこれを取り消して本訴請求を認容することとし、訴訟費用の負担につき同法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(吉岡進 前田亦夫 太田豊)